キラリグッド/沁みることば
熊本地震
2026-05-22
熊本地震から10年。当時中学生だったある女性が紹介されていた。
被災が心の傷となり、思い出すだけで、涙があふれてしまうことが今も続くという。
24歳となった彼女は市役所に勤めている。
当時、自らも被災しているであろう人たちが、住民のために、親切に丁寧に寄り添っている姿に感銘を受け、「自分も困っている人たちのために貢献できるようになりたいから」というのが動機だそうだ。
そして今、
「メンタルが弱いのが嫌だった時期もあったけど、今はそう思っていない。弱いからこそ、人の気持ちがわかるんじゃないかなと思うこともあって。乗り越えられたとは思っていない。たぶん、ずっとこのままなんだろうって。乗り越えることはないかなと思う」と語り、その理由を聞かれると「自分の気持ちは『忘れたくないなぁ』」と。
「生きる」ことは「苦しみ」である。
人は苦しみや悲しみを抱えたまま生きる存在である。
でも、苦しみもがく私を見捨てることなく寄り添い続けてくださる方がおられる。
その存在に気付いたとき、人は安心に包まれ、自らの姿を受け止めていける。
彼女の「乗り越えることはないかもしれない」という言葉は、決してあきらめではない。
むしろ、自分の内にある、消えることのない痛みを否定せず、そのまま受け入れていこうとする姿であり、「忘たくない」という思いは、苦しみそのものではなく、その中で出遇った人のぬくもりや支えを大切にしようとする願いであると感じた。







